aibo
image source:AIBO Official Site
ロボットと人間の関係について考えたことはあるだろうか。

SONYから販売されていた小型犬型ペットロボットAIBOの供養が海外で賞賛に値するとニュースになっているのだ。
AIBOはすでに販売停止されていることはご存じの方もいるとは思う。アフターケアサポートも2014年3月に終了しAIBOはもう修理(治療)することが出来なくなったということで飼い主たちはせめてAIBOの最後は丁寧に送ってやろうとお寺で供養をする人たちがいるのだ。その供養をするという考えに世界の人々は驚きと共に感動しているのだ。

これは単なる機械と人間の付き合いではなく魂と魂の付き合いでもあると考えられるのだ。詳しくAIBOと人間の出会いから終わりまで考えていこうと思う。

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【AIBOの供養に見る日本の魂】

AIBOは4足歩行で子犬に似せた動作をし、ユーザーとコミュニケーションすることで成長するよう設計されている。
これが開発されたのはもう8年も前になる。その開発が成功したのをきっかけにエンターテインメントロボットと呼ばれる市場が出来、各メーカーが同用途向けの製品発売が出来る環境を作ったのだ。言わばAIBOの誕生はこれらロボット開発に大きな一歩を踏み出させてくれたと言える。

AIBOは開発、販売から軽く10年以上を経過している。
販売そしてアフターケアも終了しておりもう直すことは叶わず関節部分がガクガクになり修理しないとダメな状況になっており見るに堪えられない姿となっているのが殆どだ。

飼い主たちは可哀想と思い興福寺に持ち込み供養をしたのだ。それは単なる機械と別れを惜しむというよりも人間と動物が別れを惜しむといったほうが正しいだろう。日本人というものは最初は可愛がり飽きてくると捨てるという習性が見られるのが現実だ。その証拠に年間にして何百匹もの捨て犬が処分されているのだ。

だがこのAIBOを供養しようと思った人たちはそのいい加減な気持ちでAIBOを飼っていたという人間ではなく例え機械の犬だとしても人間以上の愛情を注ぎ最後を迎えたのだろう。機会に涙は出ない。それは事実だが機械に感情があるならこの飼い主達の行動は涙腺が緩み涙していたことだろう。

AIBOを所有している人たちにとってこのロボットは私たちが今まで普通に使っている家電のように普通に存在している機械とは思っていない。犬のように家族の一員として迎え可愛がっている人が殆どではないだろうか。機械にも命があることを思い知らされたのではないだろうか。

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【機械と人間の付き合い方】

機械と人間には大きな違いがある。それは生命だ。人間には命があり、寿命があり、そして感情がある。喜怒哀楽を表現し、生き、人と関わり合いその自分自身の人間性や知性、教養を身に着け次世代へと残すそれが人間の生き方だ。

だが現在ロボットテクノロジーが発展しているとはいえ人間のように生命、感情はなくあるのは寿命と性能の良し悪し程度だろう。
どうしても人間が機械よりも上位に位置してしまう。これは変え難い事実であり将来も変わらないと考えられる。では人間は機械が破損したり故障したら破棄してしまっていいのだろうか。例え機械でも愛情を持って利用する人がいる。今回のようにAIBOに本物の犬と同等以上の愛情を持って接する人間もいるのだ。

相手が携帯端末でも人工知能でも情が移れば例え機械でも愛おしくなるのが人間という生物だ。我々人間は機械という単なる金属の集合体として接するのではなく、同等の生命として扱うのは難しいとは思うがこれから考えながら生活していかないとならないのかもしれない。

現在の世界中の人間は機械に依存している傾向にある。仕事や趣味で毎日PCやスマートフォンを手放せない人もいるだろう。
そういう人達は言い方を変えればこれら端末なしには生きていけないとさえ言える。それはつまり飼い犬なしでは生きていけないと同意義語とさえ思えるのだ。

確かに意味合いは懸け離れているが感覚的には同じだと考えられるのだ。仮に考えにくいことだが機械やコンピュータといった精密機器が人間を拒絶したらどうなるか考えたことはあるだろうか。それはあらゆることが静止すると言っても良いぐらいのことだ。
現状スマートフォンにしろPCにしろネットワーク上でなされていることに変わりはないのだ。
それらが人間即ち操作するものを拒絶したら人間たちはパニックに陥ることは明白だろう。そのような可能性は考えられないがそうならないために機械に接する際には丁寧に扱わなければならないのだ。それは機械でも乱暴に扱えば壊れるし、メンテナンスをしなければ寿命が早まり二度と動かなくなってしまうからだ。

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